地名の由来は家があまったから。余部

余部駅(よべえき)は西日本旅客鉄道(JR西日本)の姫新線の駅である。余部駅は兵庫県姫路市青山北にある駅。余部駅の1日平均乗車人員は1,700人程度。余部駅は1930年(昭和5年)に開業した。開業当時は国有鉄道姫津線の駅だった。また。余部駅はこの路線の終着駅でもあった。1934年(昭和9年)には姫新線が姫津東線に改称。1987年(昭和62年)には国鉄の分割民営化により余部駅もJR西日本の駅となる。
余部駅という駅名は、地名に由来する。律令時代に50戸を1郷と定め行政の単位としたが、50戸に満たない地域があったことからこれを余部(あまるべ)といった。この読みが変わって余部となった。余部駅周辺には兵庫県立大学姫路書写キャンパス、姫路鉄道部の車両基地があり、夢前川が流れている。夢前川は兵庫県姫路市を流れる川で、この夢前川水系の本流。二級河川である。菅生川、水尾川の主流をもつ。最終的には播磨灘に注いでいる。この川の源流は兵庫県姫路市夢前町の雪彦山(せっぴこさん)である。

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2012年8月30日 | コメントは受け付けていません。 |

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室町時代の城・佐用城

佐用駅(さよえき)は西日本旅客鉄道(JR西日本)の姫新線と、智頭急行智頭線の駅である。佐用駅は兵庫県佐用郡佐用町にある駅。地名の読みは「さよう」だが、駅名「佐用駅」は「さよえき」と読む。1日平均乗車人員は400人程度。佐用駅は1935年(昭和10年)に開業した。
開業当時は国有鉄道姫津線の駅で、佐用駅はその終着駅だった。1987年には国鉄の分割民営化が行われ、佐用駅もJR西日本の駅となる。
1994年には佐用駅に智頭線が乗り入れる。佐用駅周辺には佐用町役場、佐用城址、天然記念物である佐用の大イチョウ、佐用警察署などがある。佐用城は14世紀に佐用範家が築城した城。その後、赤松氏家臣である福原氏の城になったために「福原城」という別名ももつ。1577年に羽柴秀吉の城攻めにあい、城主であった福島則尚は城に火を放ち自刃。落城した。福島則尚の首を祀る福島霊社が地元の人々によってつくられ、「頭様(こうべさま)」とも呼ばれている。現在、佐用城址では空堀、土塁、石垣、曲輪などの遺構をみることができる。

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西播磨最大の前方後円墳

御着駅(ごちゃくえき)は西日本旅客鉄道(JR西日本)の山陽本線の駅である。また、「JR神戸線」の区間に含まれる駅でもある。御着駅は兵庫県姫路市御国野町御にある駅。御着駅の1日平均乗車人員は2,500人程度。御着駅は1900年(明治33年)に開業した。開業当時は山陽鉄道の駅で、1906年(明治39年)に山陽鉄道は国有化され御着駅も国鉄の駅となった。1987年には、国鉄の分割民営化によりJR西日本の駅となる。
御着駅という駅名は地名に由来し、神功皇后が朝鮮半島征伐におもむく際、皇后の船が接岸していたことからこう呼ばれるようになったとのこと。御着駅周辺には播磨国分寺跡、檀場山古墳、御着城跡、黒田重隆廟所などがある。御着駅近くにある檀場山古墳は全長143メートルの前方後円墳で、周囲には3つの陪塚がある。石棺阿などが出土している。西播磨最大の前方後円墳である。5世紀に築かれたとされ、石棺の一部は地面から露出している。国の史跡に指定されている。

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発泡スチロールで復活・龍野城

本竜野駅(ほんたつのえき)は西日本旅客鉄道(JR西日本)の姫神線の駅である。本竜野駅は兵庫県たつの市龍野町中村にある駅。本竜野駅の1日平均乗車人員は1,500人程度。本竜野駅は1931年(昭和6年)に開業した。開業当時は国有鉄道姫津線の駅だった。この路線名は1934年(昭和9年)に姫津東線、1936年(昭和11年)に姫新線と変わっている。2009年には初代駅舎が解体・一部が保存され、2010年には二代目の橋上駅舎の使用が開始された。
本竜野駅周辺には龍野城、龍野公園、たつの市歴史文化資料館、ヒガシマル醤油本社、ダイエーなどがある。本竜野駅近くにある龍野城址は、室町時代(1499年)に赤松村秀が建てた城。1577年には豊臣秀吉に対して開城し、秀吉の家臣である蜂須賀正勝が入城する。江戸時代に破却されたが、1672年に再建された。現在は、1979年い再建された本丸御殿が残っている。また、3日間限定で発砲スチロール製の天守閣が再現されたこともある。

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道真の植えた松・浜の宮駅

浜の宮駅(はまのみやえき)は山陽電気鉄道の本線の駅である。浜の宮駅は兵庫県加古川市尾上町口里にある駅。浜の宮駅の1日平均乗降人員は4,100人程度。浜の宮駅は1923年(大正12年)に開業した。開業当時は神戸姫路電機鉄道の駅。1927年(昭和2年)に神戸姫路電機鉄道は宇治川電気と合併し、浜の宮駅も宇治川電気の駅となる。1933年(昭和8年)に山陽電気鉄道の駅となる。浜の宮駅周辺には加古川市民プール、はりま病院、池田観音、浜の宮天神社がある。浜の宮駅近くにある浜の宮天神社は1012年の創建とつたえられ、これ以前に菅原道真が大宰府に左遷される際、ここを通り、海の平穏と万民の幸福を祈願して松の木を植えたことによるゆかりから、菅原道真を祀ったもの。学問の神とされる。菅原道真がこの場所を訪れた際に植えた松は今は枯れてしまって存在しないが、江戸時代の版画などにその姿が残されている。現在は二代目とされる樹齢550年の松が植えられている。

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